こんなところで温泉に入れるのか?!と驚嘆してしまう温泉地が世の中にはある。岩手の「藤七温泉 彩雲荘」もそのひとつだろう。八幡平の頂上周辺といってもかまわないような場所だ。にもかかわらず野湯だとか、何時間も登山をしなければたどり着けない山小屋というわけではなく、車で行ける旅館なのだ。
当館を特徴付けるワイルドな露天風呂はやはり多くの人の関心を引くのか、泊まろうと思い立って調べても先々まで満室の日が多い(特に土日)。なんとか平日の空きを見つけて予約して、そこから旅程を組み立てたほどだ。
実際に体験してみて、あらためて驚嘆した。地獄谷の中に露天風呂を作っちゃったようなもんだからね。とんでもないですよ、これは。
藤七温泉 彩雲荘へのアクセス
藤七温泉までの3つのルート
公共交通機関によるアクセスは3ルート。ただし冬季は通行止め区間があり、旅館も休業になるから注意。1つ目は秋田側からアスピーテラインを登って八幡平頂上レストハウスまで行き、そこから樹海ラインを2km走るルート。田沢湖駅起点の路線バスは休止中で、ドラゴン号という完全予約制の送迎サービスが始まった模様。詳しくは自身でお調べを。
2つ目は岩手側からアスピーテラインを登って八幡平頂上レストハウスまで行く(あとは1つ目と同じ)ルート。盛岡駅からレストハウスまで路線バスが運行しているし、そこから先は旅館の送迎サービスあり。一番メジャーな方法かもね。
3つ目は岩手側から樹海ラインを登って松川温泉経由で向かうルート。盛岡駅から松川温泉まで路線バスあり、そこから先は旅館の送迎サービスあり。ただし本記事執筆時点で樹海ラインが一部通行止めとなっており、当面このルートは使えない。
八幡平頂上レストハウスから始まる遊歩道
自分は盛岡駅からレンタカー。最初に松川温泉・峡雲荘へ立ち寄り入浴した後、その先の樹海ラインが通行止めになってたから麓へ引き返し、アスピーテライン経由で八幡平頂上レストハウスへ向かった。
レストハウスの駐車場は有料。数分歩くかわりに無料の見返峠駐車場はガラガラで余裕ありまくりだったから、そっちに止めた。地域経済に貢献しなくてすいません。この日は雨から晴れに回復していく天気で、到着時点では雲優勢のため、展望できる景色はこんな感じ。
下界のサウナのような残暑とは対照的に、風は冷たいくらいで肌寒い。八幡沼や八幡平山頂まで続く遊歩道へ挑む方々はウインドブレーカーなど防寒対策ばっちりな一方、おじさんは無防備な半袖スタイルだった。それでものん気に遊歩道途中の展望所(片道15分)くらいまでは行ってみるかと歩き出したものの…。
やっぱりやめました。(1)展望所が閉鎖中との情報を目にした。じゃあ意味ないかと。(2)防寒装備なさすぎ。山をなめちゃいけません。(3)熊出没注意。遊歩道に人の気配なく、単独行になるのは確実な状況で、熊への恐怖に打ち勝てず。熊とスズメバチはまじでやばいから。ちなみに海ならオニオコゼとヒョウモンダコがやばい。
期せずして奥藤七温泉を見た
もう藤七温泉に行こうぜ…レストハウスから樹海ラインへ入って2km、狭めの山道だけど極度に走りにくいわけではなく問題なし。途中に白煙を上げる地獄谷と温泉の湧出池みたいなのが見えた。ここから源泉を採取しているのだろうか。
後日の調べでは奥藤七温泉と呼ばれる野湯だった。ただし藤七温泉の会社の借地であり、現在は入浴禁止とされている。道路脇から眺めるだけにしておこう。
ほどなくして現地に到着。駐車場はそこそこ埋まっており、繁忙期にはあふれちゃうかもね。※若干離れた場所にも駐車場があるみたい。
ロケーション的に山荘のような雰囲気の旅館
場所が場所だけに山小屋とは言わぬが山荘というべき雰囲気が強い。売店のカウンターのようにも見えるフロントでチェックイン。気さく&丁寧さを兼ね備えた感じの受け答えで、客対応はうまいと思う。部屋へ案内してもらうために廊下を進むと談話室的なスペースがあった。なにか書いてあるぞ。
この奥にある男女別の宿泊者専用露天風呂からご来光を拝めるらしい。目安は5時15分とのことだ。明日は晴れだからチャンス十分。心に留めておこう。
案内された部屋は2階の6畳和室。角部屋ですかね。布団は最初から敷いてあった。
トイレ・洗面所は1階の共同のを使う。男子トイレは小×3(うち1つは水が流れない張り紙あり)、シャワー付きでない洋式の個室×3。部屋には金庫なし、冷蔵庫なし、WiFiはあるんだけど小冊子に書かれてるSSIDとパスワードでは接続できなかった。
※スマホの接続候補一覧に出てきたSSIDは小冊子に書かれているのとは別の、最新テクノロジーを想起させる名前で、小冊子のパスワードは通らなかった。キャリア回線だとアンテナ1本でぎりぎりな感じ。
メインとなる窓からの景色がこちら。八幡平山頂方向ではないかと思われる。
なお、場所が場所だけに水や電気の供給には余裕がなさそうで、むやみに浪費すべきでない。部屋にテレビがないのもそのためでしょう。少しでも協力すべく、日が暮れるまでや、夕食・夜の入浴で不在の間や、就寝中は明かりを完全OFFにした(ホタルック的な効果で微弱な明るさが残るため視認性は問題なし)。
お湯の質もワイルドな環境も突き抜けている
別棟にあるメイン内湯のお湯は熱い
藤七温泉の浴場は2箇所。日帰り客も受け入れてるメイン浴場は別棟にあるため、いったんサンダルに履き替えて外を歩く。といってもほんの少しだけど。玄関を出たら下の写真の左に見える通路の奥へ進む。
するとサンダルを脱ぐところがあって、そばにコインロッカーもあるけど、あとで100円返ってくるのかは不明。続いて右に女湯・左に男湯。脱衣所はシンプルなつくりで洗面台はない。分析書をチェックすると「単純硫黄温泉(硫化水素型)、低張性、弱酸性、高温泉」だった。PH3.7。温度調整の加水あり、加温・循環・消毒なし。
浴室に入ると硫化水素臭が充満していた。やるねー。ひなびた湯治宿の風情も充満しており旅の非日常感120%で大変結構なり。洗い場は3名分。ただしシャワーがなく無骨な蛇口のみ。シャンプー・ボディソープの類は完備。
小さめの浴室の中央に4~5名サイズの長方形をした内湯浴槽。湯口からじゃんじゃん投入されてるお湯は半透明といった様子で濁りは弱い。浸かってみるとかなり熱めだった。温度計が設置されてたので見てみると45℃付近。そりゃ熱いわ。
やたら熱いせいか、みんなのお目当てが露天風呂に偏るせいか、内湯に入ってるお客さんの姿を見かけることはほぼなくて無人のことが多い。温度を別にすればお湯はいいと思うんだけども。自分は最後にちょっとだけ入る上がり湯的な使い方をした。なお、翌朝だけは熱さが和らいでいて入りやすかった。
地獄谷がそのまま露天風呂に
では外へ出てみましょうか…おおーっ、宿に来る途中で見かけた光景=白く・時には黄色く変色して植物が生えなくなった地面が広がり、ところどころに白い煙を上げる噴気孔…これ露天エリアっていうより地獄谷そのまんまやで。
先ほどの奥藤七の写真を一部拡大して示す。傾斜や白い地面の比率に違いはあれど、まさにこんな雰囲気なのよ。内湯からのびる木道を通じて混浴5つ(+女性専用1つ)の露天風呂へアクセスできる。湯浴み着着用OK。
高所から順に、一の湯→二の湯→藤八の湯→三の湯→四の湯→女性専用となる。女性専用の様子は当然さっぱりわからないので以後省略。一・二・三・四は6名程度のサイズで藤八のみL字型で10名サイズ。実際はもうちょっと多く入っても大丈夫な気がする。いずれにせよ当時は人口密度に余裕があり、一つの湯を一人で独占なんてこともたびたびだった。
各浴槽は木材やタイルや岩石で作ったというより、地面に穴を掘ってちょこっと手を加えた風のワイルド120%。まあ温泉の池みたいなもんですな。池の中の湯は完全に白く濁っており、底はまったく見えない。こいつが曲者で、底はジャリジャリの砂っぽい部分と、すのこ板を敷いてある部分があり、見えない高低差でつまづきそうな場所もある。
すばらしい足元湧出泉
お湯は熱いところとぬるめのところの差が結構大きい。とあるお客さんの言葉→「底に板がある場所はいい湯加減、板がないと激アツ」だって。同じ浴槽内でも場所によって変わるし、さらに時間によっても変わる。大きな傾向としては、一の湯から四の湯に向かってぬるくなり、夕方・夜に比べて朝方はぬるめだった。藤八の湯の奥側にあるホースは加水用なのか、ホースの近くを陣取ると結構なぬる湯を楽しめる趣向になってたのが良かった。
やや緑みのある白濁と硫化水素臭という王道でわかりやすい特徴以外に、あちこちでお湯の中からポコポコとあぶくが浮かび上がっているのに気づくだろう。その渦中に身を置くと、あぶくとともに底から昇ってくるお湯の流れを感じられて、少々くすぐったい。
これって足元から源泉が湧き出しているんじゃないか。湯船の脇に設置されたホースが唯一の湯口かと思ったら、まさかの貴重な足元湧出泉とは。地獄谷の中で源泉が湧き出してるところをそのまま露天風呂にしたってことか。ワイルドにもほどがあるぞ。
ちなみに夜に来た時は、ほとんど一人きりだったし、熊が出たらどうしようという心配が先に立って早めに退散してしまった(妄想しすぎ)。風呂に入りながら夜空の星が見えると最高なんだが、露天エリアを照らす明かりのため、あまりはっきりしない。風呂上がりに玄関付近で空を見上げる方がよく見えたな。キモいくらいにたくさんの星が見えた。
ご来光を拝める宿泊者専用露天風呂
宿泊者専用の男女別露天風呂についても軽く触れておこう。1階廊下の最奥に男女別の入口がある。脱衣所に続いて4名サイズのシンプルな長方形の浴槽が待っている。お湯は熱めで長くは粘れない。一方で他所よりもトロみのあるお湯だと感じた。
こちらのセールスポイントはご来光でしょう。目安の5時15分に合わせて5時に起床して風呂の様子を偵察したら、すでに満員御礼状態だった。入浴を捨てて浴衣姿のまま浴槽の脇に立って日の出を待つ人もいたくらいで、すっかり出遅れたなと諦めモード。
しかしこちらには奥の手がある。部屋の窓から東の空が見えるのだ。ご来光風呂じゃないけどまあいいや、さあ来い。
はい来たー!! 怪しい光球の映り込みはスマホの限界だと思うから気にするな。
いやーすばらしいね。禰豆子以外の鬼はこの景色を楽しめないのか。気の毒だな。
自分にとっては珍しい味を楽しめるバイキング
素材で勝負の夕食メニュー
藤七温泉の食事は朝夕とも1階の食事処で。夜は18時、朝は7時開始。自由席方式で椅子+テーブルの部屋と畳の大広間+座卓の部屋がある。椅子+テーブルは競争率が高くて開始早々に埋まる。
夕食はバイキングで、最初にお盆+お皿+トング+岩魚の塩焼きを渡される。その後は台の上に並ぶ料理を自分のトングを使って拾っていく。大規模ホテルのような品揃えではないけど、ご当地メニューを中心に相応のバリエーションはある。手の込んだ料理というよりは素材で勝負。
鹿肉の味噌煮ってのは珍しい。じゅんさい・きりたんぽ汁・後で追加で取ってきた稲庭うどんは岩手というより秋田のイメージ。根曲がり竹は北東北全般を連想させる。トマトが予想外に甘い味付けでおいしかったな。最後にデザートとして追加でいただいちゃったくらいに良かった。
お酒は売店コーナーの冷蔵ケースから取って申告する。ビールは缶です。大手メーカーのやつとドラゴンアイ・スカイというクラフトビールがあった。
見送った料理は天ぷら・唐揚げ・カレーなど。稲庭うどんを2杯食べたらお腹いっぱいになったので締めのご飯もパス。米はきりたんぽで摂取したし。なんだかんだで飲みながらいろいろ味わったと思う。十分でしょう。
朝の目覚めに源太清水を
朝も同じ方式のバイキング。前夜見送ったカレーを食べてみようかと思ってたら、カレーはなかった。じゃあ普通にご飯と味噌汁で。
おかずも定番的なのが多いですね。漬物や山菜が充実している。料理ではないけど源太清水も印象に残っている。朝食バイキングだとよくジュースや牛乳を並べているが、ここではかわりに源太清水という湧水が提供されている。しかも容器に入ったのじゃなくて、温泉の湯口のようにダーッと垂れ流しになってるのをグラスに受けて飲むおいしい水だ。そして食後は源太清水で作ったコーヒーを。
朝食後はラスト入浴をキメるのがいつもの作戦。しかしなぜだかすごく眠たくなってしまい、9時近くまで仮眠を取ってしまった。これも歳のせいかなあ。
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お湯そのもののクオリティに加え、八幡平の地獄谷の中に作った足元湧出の露天風呂、なんとも類まれなる温泉だ。一生に一度は体験しておくべきと思って行ってみたのは正解だった。もうとにかく「普通」をはるかに突き抜けちゃってるからね。夕方2回・夜1回(短め)・早朝1回の計4回も入っちゃいましたよ。
露天風呂が主役なので悪天候だとつらいことになるかもしれないけど、少しでも興味が湧いたなら、百聞は一見にしかずでトライしてみてほしい。きっと忘れがたい体験になるはずだ。