かつて良質のぬる湯で知られる長野県青木村の田沢温泉を訪れたことがあった。その時に同じ青木村にある沓掛温泉を知り、こちらも素晴らしいぬる湯だということで、いつか行ってみようと思っていたのだ。あれからずいぶん経ってしまった。いかん、日常に流されてたら夢のまた夢で終わってしまう。
ということで、夏の信州遠征の2泊目を沓掛温泉とした。候補となる宿は一人泊OKで素泊まり専門でお得に泊まれてSNSでも好評ぶりが際立つ叶屋旅館さん。人気のぬる湯宿ゆえ夏場は予約困難とも言われるが、平日を狙ってなんとか取れた。
2つの浴室の時間予約制貸切運用だから、極上のぬる湯を気兼ねなく楽しめる。
沓掛温泉「叶屋旅館」へのアクセス
青木村内の移動が課題
電車+バスで沓掛温泉はそう気軽じゃない。玄関口のJR上田駅は新幹線も停まるしまあいいでしょう。上田駅から青木バスターミナルまでは路線バスで30分。1時間に1本程度あるみたいだしまあいいでしょう。
青木バスターミナルから沓掛温泉までの村営バスが平日のみなのが旅行者には厳しいか。行きは15時・16時台。それより早い時間帯に乗りたければ事前予約制となる。帰りは7時・8時台。もっと遅くが良ければやっぱり事前予約が必要。
今回は車だからそのへんの課題とは無縁だ。奥蓼科温泉郷の明治温泉をチェックアウトして尖石温泉に立ち寄り湯してもまだ午前の時間帯。普通に沓掛温泉へ直行したらかなり時間が余ってしまう。どうしよう…気まぐれで思いついたのが、あえてビーナスラインを走って霧ヶ峰・美ヶ原経由で行くという案だった。
ビーナスラインを復習するドライブ
2年前のグループ旅行でビーナスラインを走っていたから(自分の運転ではないが)、復習みたいなもんですね。まず最初の見学スポットは白樺湖。
車山高原では2本のリフトを乗り継いで山頂まで来た。天空の神社がありんす。
360度パノラマの絵に描いたような絶景!! と煽るには雲が多すぎた。雨や霧でないだけましだが。
八ヶ岳・南アルプス・北アルプス・浅間、どっちを見ても雲優勢っすね。しょうがないリフトで戻るか。下界が地獄の猛暑の中で山頂付近は涼しくて過ごしやすかったのが収穫か。
美ヶ原から一気に下る
2年前は扉峠で引き返したので、そこから先は未知の領域。前半よりむしろアップダウンとカーブはきつかったように思う。なんとかこなして到着しました美ヶ原高原美術館。
中には入らず、上田方面の景色を見学するだけ。なんだかんだでチェックイン15時を過ぎてしまいそうだから、さっさと出発します。
ここから武石へ下りていく県道がえらい難度だった。一気に標高を下げるかわりにすごい坂&くねくねカーブ。この日一番気を使ったわ。
あとは自然と国道254号に合流するが、沓掛温泉まで鹿教湯温泉まわりで行くのはおすすめしない。これまたえらい道を走らされることになると思われる。途中の平井寺トンネルを抜けて国道143号から向かうのが無難で自分もそうした。それでも最後の500mほどは気合で頑張れというほかない。
温泉入ってのんびりするための旅館
館内にマンガがいっぱい
当館建物の数十メートル手前に7台くらい止められそうな砂利敷駐車場がある。「叶屋旅館 P」の立て札が目印。そこから歩いて、ではチェックイン。小規模宿ならではのアットホームな雰囲気。フロント脇のロビーがこちらでございます。
チェックイン時にお風呂の予約をする。2つの浴室から、15時~・16時~・…というように1時間単位で、1泊につき3回まで予約を入れられる。早い者勝ち。15時台に着いたのに、すでに結構埋まっていたのにはびっくり。どうやら歴戦の強者が集まってるな。
夜は21時台まで、朝は6時から9時台だったかな。自分は夕方・夜・翌朝に1回ずつ押さえた。22時から翌6時の間もお湯の管理が止まるだけで空いていれば入るのは可能とのこと。
当館で印象に残ったのがマンガ本の多さ。昔ながら風の旅館だからといってゴルゴ13・ドカベン・じゃりン子チエばかりが置いてあるわけじゃない。進撃とか鬼滅とかフリーレンとかあったよ、確か。廊下の一角にとどまらず階段の踊り場にもぎっしり。
これらを2階の豪華な客間みたいな休憩室で読むと贅沢な気分になれるだろう。
一人旅向きの部屋がありました
さて、案内されたのは2階の6畳和室。ある観点でいうと角部屋だ。布団はセルフでお願いします。
トイレは客室付きではないけど部屋ごとに専用のシャワートイレ個室が用意されている。洗面所は共同。部屋に金庫なし、冷蔵庫は共同、WiFiあり。タオルは部屋に用意されており、バスタオル(100円)・浴衣(300円)はオプションサービスとなる。
現地はやけに蒸して暑い日だったが、エアコンがあるから無問題。夜になったら涼しくなってきて、寝る前にエアコン切ったらチェックアウトまでエアコンなしでいけた。24時間エンドレスサウナ状態の我が地元とはやっぱ違うね。
部屋には窓がなかった。正確には存在するといっても、開け放って外を見るものじゃない。そこで廊下に出て近くの窓から外をのぞいた景色がこちら。共同浴場の小倉乃湯が見える。
評判通りの素晴らしい温泉を堪能する
叶の湯で見た圧巻のオーバーフロー
叶屋旅館のお風呂は1階に2箇所。客室に近い方が定員2名とされる沓掛の湯で、その奥が定員3名とされる叶の湯だ。通路に分析書が貼ってあって「アルカリ性単純温泉、低張性、アルカリ性、温泉」だった。基本的に加水・加温・循環・消毒すべてなしの源泉かけ流しで冬季のみ若干の加温あり。ぬる湯の範疇を超えて熱くすることはないはず。
夕方の時点で行ってみたのが叶の湯。脱衣所から浴室へ入ると硫黄をほのかに感じさせる温泉臭が立ち込めていた。よっしゃあ、つかみはOK。カランは1台でもちろんシャンプーやボディソープは備え付けてある。旅館の規模相応に小さめの浴室といえど、窓は大きめで閉塞感はないし、タイル張りの浴槽は銭湯風で、一般家庭のお風呂場とは面構えが違う。
浴槽はまさしく3名サイズ。その大きさに比して湯口からの投入量が多いためか、お湯がどんどんどんどんオーバーフローして外にあふれ出している。最初に浸かった時なんか、かなりの勢いでザバァァァーーーッとあふれて、しばらく洗い場の床が数cmの深さの池になっちゃってた。
夏は(夏じゃなくても)サイコーのぬる湯
で、期待通りにお湯はぬるい。体温前後かな。予約した1時間のうち、ちょっと洗い場を使った後は時間いっぱいまでずっと湯船の中にいてもへっちゃらなくらい、無限に入っていられるのだ。途中でお湯から離れてクールダウン休憩を挟む必要などない。不感温度の浮遊感は夏場だからなおさらサイコーですな。
お湯は無色透明でよく見ると白い糸くずのような湯の花を確認できる。そして入ってしばらくすると細かい泡が肌に付着してくる。人工炭酸泉なんかの露骨に大きな泡のように目立ちはしないけど、いったん気づいてみれば結構豊富な泡付きだ。しかも匂いは微硫黄香を含む単純温泉らしい温泉臭。こいつは本物だぜ。
浴室内に大きな時計があるので、出るのが早すぎないか・遅すぎないかと気にしてソワソワしなくてすむのはありがたい。極上のぬる湯を制限時間いっぱいまできっちり堪能できた。※実際は次の人へのマージンをみて10分前にあがるようにした。
ひと回り小さな沓掛の湯も同じくいいぞ
夜と翌朝は沓掛の湯。カラン1台を含めて基本的な構成は叶の湯と同じ。浴槽のサイズが2名用なのが違うくらい。こちらでもぬる湯三昧の気分で小一時間連続浴を敢行した。気持ちいいから次第にウトウト眠くなってくるのがやばい。
入浴中に感じた他の印象としては、白系の壁がなぜだか妙にかわいい。シンプルなパイプを石板状のもので覆った様子のぽっこりした湯口も同様の感情を引き起こした。なんでそう感じたんやと問われても困るが…。ぬる湯で精神面があちこち緩んじゃったかな。
一方で壁から生えている蛇口やカランの根元は温泉成分で真っ黒に変色しており、大量のオーバーフローとあわせて豪快さを感じさせたから、二面性が現れたお風呂といえるかもしれない。温泉そのものは尖ったクセがなくて入りやすい・やさしい・マイルド王道系である。
夕食はお隣の千楽さんにて
事前予約方式で4つのメニューから選択
叶屋旅館は素泊まりの宿。朝も夕も食事は自力で対応しなければならない。1階の自炊室を活用して自炊でカバーすることも可能だ(自炊室にはコーヒーサービスもある)。しかしふだんから外食派ゆえサバイバル能力ゼロのおじさんにいきなり自炊は無理っす。
そこで夜はお隣の味処「千楽」を利用させてもらった。一時期、叶屋旅館に千楽での食事を含むプランが提供されていたようだが、現在は各自でお店に予約の連絡を入れる方式になった。
メニューは予約時に天ぷら定食・豚焼肉定食・ミックスフライ定食・釜めし定食から選択。自分は天ぷらにした。約束の時間に行くとカウンター席に案内され、最初に出てきたお通し系がこちら。
なすときゅうり。夏らしくて結構ですな。思ったより食べごたえがあり、かつ、しっかりとうまい。叶屋旅館から流れてくるお客さんは多そうで女将さんも扱いには慣れたもの。軽妙な会話を交わすなどスマートに交流できるスキルが当方になかったのはご勘弁を。
天ぷら定食は大当たり
やがて出てきた主菜の天ぷら。熱々のサクサクですぞ。素材の野菜もうまいし、今期(いつよ?)ベストの天ぷらに決定。
途中でスッ…と出てきたおそらくサービスの野沢菜がこれまた最高。野沢菜っていくら噛んでも噛み切れない筋があって、最後は無理やりごくんと飲み込むし、すぐ歯に挟まってしばらく取れず「あ゛~」ってなるからあえて好んで選ばないんだけど、この野沢菜は違った。噛める。十分咀嚼できる。歯に挟まらない。すげえ。
いつでも対応できるとは限らないっぽいが朝食も頼めるようだ。実に頼もしい。なお、叶屋旅館では水曜限定でそば処「やまさん」の2食付プランも提供している(やまさんは沓掛温泉から車で3分)。青木村原産タチアカネのそば粉を使用ってのが気になるね。
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ぬる湯のクオリティはもちろんのこと、湯治場風情を残す素朴な雰囲気や素泊まりと割り切ったがゆえの気軽さと快適さとお得感、一人旅にも合う運営スタイル、すべてがばっちり。人気を集めるのもわかる。
しかもお客さんが皆この世界観を「わかってらっしゃる」方々のような気がしてならない。とはいえ常連ガードばりばりで素人はご遠慮ください的な敷居の高さもなくフレンドリーな空気感。いい宿だなあ。
おまけ:沓掛温泉のプチ散策
チェックアウト後にちょっと近所をぶらついてみた。すぐ目の前は共同浴場小倉乃湯。ここのお湯もいいらしいぞ。石鹸・シャンプーの類は要持参。
その隣に足湯と間違えそうな場所がある。野菜とかを洗ったりする洗い場のようだ。沓掛温泉の質からして温泉玉子を作れるような高温ではないと思う。
そこから山の斜面が始まる感じで、少し登った先に薬師堂があった。気軽に行けるのはここまで。
薬師堂から先はガチの夫神岳登山になってしまう(夫神岳を越えた向こう側が上田の別所温泉という位置関係)。ちなみに小倉乃湯は、夫神岳が京都の小倉山に似ていることから付いた名前だとか。へー。
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