もはや芸術品、極上のぬる湯炭酸泉 - 小屋原温泉 熊谷旅館

小屋原温泉 熊谷旅館
島根は実は名湯ぞろい。特に三瓶山周辺は最上級のぬる湯の宝庫だと知って以来、ずっと機会をうかがっていたものの、飛行機の格安チケットが取れたらとか小賢しいことを考えているうちに、来年は・来年こそはと、どんどん先延ばしになっていた。

これじゃ永久に行けないよ。時は金なりだからと思い切って行動に出た結果は…島根すごいよ島根。自分には珍しく2泊3日で9湯も巡ってしまったからね。通常は同じ日程で4~5湯だから倍のペースだ。天気が悪くてほとんど観光してないせいもあるけど。

しかも1湯目が知る人ぞ知る小屋原温泉・熊谷旅館である。1番打者イチローみたいなもんですよ。アワアワのぬる湯+鄙びた雰囲気が最高。初っ端から貴重な体験をしてしまった。

小屋原温泉・熊谷旅館へのアクセス

当館のすぐ近くまで公共交通機関で行けるわけではない。JR山陰本線大田市駅→下の町・青少年交流の家行きバスに乗って浄善寺大イチョウ前下車→徒歩30~40分。あるいはこのバスで国民宿舎さんべ荘まで行ってレンタサイクルを利用する手もあるか(要事前予約)。

運転できるなら車一択でしょう。自分も出雲空港からレンタカーで向かった。グーグルマップやカーナビが示した最短ルート(北ルート)だと最後の数キロの道路状態がやばそうだったので、上記のバス路線をなぞるように進む南ルートを選択した。

南ルートも最後の2キロほどは、特にラスト1キロは、泣きが入る狭い道。借りたのが軽自動車でまだ良かったけど、もし対向車がいたらやばかった。しかし結果的に大正解だったと言わざるを得ない…最後の最後、左折するところに「熊谷旅館までは行けます」と立て看板で注意喚起してあり、実際に当館から奥は通行止めだったからだ。つまり北ルートだったら最後の最後に通行止めを食らってたわけで。

酷な道路は最後の1キロ程度とはいえ、周辺には当館の他に人の気配を感じさせるものが何もなく、秘湯といっても過言ではないロケーションであった。


あまりに最高すぎて驚くクオリティ

レトロな湯治宿の貸切風呂

建物を囲むように足場が組まれ、屋根の一部にはブルーシート。修繕の予定があるのだろうか。右手の芝生へ行ってみると奥にいっそうレトロな建物が見える。
奥に見えるレトロな建物
すぐ近くを流れる小川も目に入る。
小屋原温泉近くの川
では入館。受付で600円を支払い、右に進んで次は左へ。建物内部もいかにもレトロな感じで鄙び宿や秘湯が好きな人にはたまらない風情を醸し出している。カメラに収めておきたい気持ちはあれど、なんとなくそういうミーハー行為のできる雰囲気でもなかったから写真は残ってません。

通路のつきあたりをまた左へ。そこに3つの浴室が並んでいた。それぞれが内鍵をかけて貸し切りで使うようになっている。どこでも空いている1室を使ってください、泉質は全部一緒です、50分以内でお願いしますとのこと。中央はすでに先客ありで両端が空いていた。特に理由もなく単に気分で一番奥に決定。

脱衣所も四角い箱状の棚が並ぶレトロなつくり。分析書はここでは見かけなかった。通路の壁に貼ってあるやつには「含二酸化炭素-ナトリウム・マグネシウム-塩化物・炭酸水素塩」と書いてある。加水・加温・循環・消毒なしの源泉かけ流しでまず間違いない。

析出物が作り出した芸術作品

浴室は1~2名様向けの小ぢんまりした規模で浴槽も2名分の大きさ。シャワーの付いてないカランが1台あり、シャンプーと石鹸が置いてある。床といい壁といい、温泉成分による変色と思われる茶と緑のパッチワーク模様に覆われていた。かなり強烈な印象。

しかし浴槽の印象はそれを上回る。もうね、なんていうのか、析出物が作り出した芸術作品みたい。もとの材質がなんだったかもうわかんねーや。壁から生えている蛇口の胴体はびっしりと緑青のようなものがこびりつき、湯口はもはやパイプじゃなく析出物の塊に掘ったトンネルみたくなっている。

その湯口から投入される量は湯船に対して十分すぎるほど多い。当たり前のように大量にオーバーフローしてるし。明らかに鮮度はピカイチ。

お湯の見た目は無色透明。個性的な色だとか濁りだとかはなかった。あくまで見た目はね。浸かってみると絶妙な不感温度のぬる湯。パーフェクト、ばっちりでございます。正直なところ50分でも足りないくらい無限に入っていられるやつだ。

お湯の匂いを嗅いでみると強い金気臭がした。金粉のような湯の花が大量に漂っているのも納得だ。三瓶山エリアの他の温泉も同様に金気臭が強かったし、床や壁の茶&緑パッチワーク変色をよく見かけたから、このあたりがそういう特徴なんでしょうな。

驚異の泡付きに注目せよ

さて、最大かつ最強の特徴についてまだ触れていない。泡ですよ。アワアワアワ。浸かってすぐ全身に泡が付着し始めた。最初は目立たない小さなプチプチ、やがてはっきりわかるくらい大きな気泡に変わる。気がつけばおそろしいほどの全身泡まみれと化す。

温かいソーダに入浴しているんじゃないかと錯覚しそうなレベル。泡がプチプチ弾ける感触がわかるもんね。湯面上ではいくつもの泡が、線香花火から飛び出す火花のように弾けて消える様子を観察できた。強い炭酸効果のおかげか、肌に爽快感があるし、いったんお湯からあがると一瞬ジンジンしたあと急にぽかぽか暖かくなる。

いやあー、このお湯はすごいわ。奇跡の源泉を貸し切り方式で提供するため、湯船争奪戦とか芋洗いとか“早く代われ”の無言の圧とは無縁にじっくり楽しめる…逆に3つの浴室がすべて埋まってしまうと待たなければならないが、無理に大勢詰め込むとカオスになるだけだから、それでいいと思う。

はっきりいって50分はあっという間だった(着替え等の余裕をみて浴室に滞在したのは40分くらい)。当館は宿泊もやっているようだから…冬季は一人泊NGらしいが…泊りがけで入浴しまくったらどんなに幸せだろう。そんなことを考えながら車を出したら、体がいっそうぽかぽかしてきた。最後の余韻まですごいわ。先頭打者イチローの見事なホームランです。