帯広遠征を企てた際に、ちょっと強引に足をのばしてでも組み込みたかったのが然別峡かんの温泉だった。山深い秘境の一軒宿にいろんなお風呂があり、源泉かけ流しでクオリティばっちり。温泉本なんかにもよく名前が載っていて北海道ではマストの温泉とみなされているように思われた。
旅程の組み立ての都合で泊まるわけにはいかず、日帰り入浴となってしまったが、念願のかんの温泉を体験することができた。まずローケーションがすごい。たどり着くまでの長く孤独な山道が秘湯感をより一層際立たせる。
日帰りだとすべてのお風呂を利用できるわけではない。それでも5種類のお風呂が利用可能だった。ぬるめ・激熱・足元湧出など本当に多種多彩。
然別峡かんの温泉への道
士幌駅跡を探して
旅の3日目最終日。糠平温泉ホテルを出て、そのまま帯広へ戻りはしない。然別峡かんの温泉に行くためだ。糠平→幌鹿峠→然別湖を経由するのが最短ルートになるが、前日に走ってみて、くねくね山道かつ狭隘区間があるとわかっていたので、遠回りでも無難な士幌町経由にした。
糠平湖を離れてしばらくすると、以降の士幌町まで南下する道路の大半は直線である。さすが北海道。途中で旧国鉄士幌線・士幌駅跡に寄り道しようとしたところ、観光スポットとしての扱いは意識されていないようで、案内標識が一切出てこない。カーナビでも検索できず近所のJAを目印に士幌市街を試行錯誤でうろうろしなければならなかった。
ようやく探し当てたぞ。
ホームのところにだけ線路が残っており、貨車が留置されていた。
人間界を離れて山の中へ
続いて道の駅ピア21しほろでちょっと休憩した後、今度は鹿追町へ西進する。これまたずーっと直線道路。続いて然別湖へ北上する道路も最初の数kmほどは直線だ。然別湖への道と当湯への道の分岐(漢字で“菅野温泉”と書いてある)あたりから直線でなくなる。
片側一車線だった道路がやがて全体で1.5車線ほどになり、くねくね&上り傾斜がきつくなってくる。辺りに人の気配が皆無でいかにも野生動物の支配する世界。ヒグマとか出ないだろうな~。やだな~。車を降りて景色を眺める心の余裕はなく停車すらしたくない。
とある橋を通りかかった際、人工物の要素がちょっとだけ増したことに後押しされて一時停車する気になったのが精一杯、あとは半ば必死で走り続けた。
4つの湯船を持つイナンクル
日帰り客はイナンクル、イコロ・ボッカ、ウヌカルへ
ふー、ようやく着いた。駐車場に数台の車を確認したら妙にほっとした。当湯は冒頭写真のように2つの建物からなり、手前が日帰り向け入口を持つ温泉棟、奥が宿泊棟「こもれび荘」。もちろん自分は手前の温泉棟に入館。有人の受付はなく、券売機で入浴券を買って隣の箱に入れる作法。650円。
浴場ごとに名前が付いていて、訪問時は男性=「イナンクル」と「イコロ・ボッカ」を、女性=「ウヌカル」を利用可能と案内板に書かれていた。以降はイナンクル&イコロ・ボッカのみの紹介とする。
イコロ・ボッカは宿泊棟にあるため、まず温泉棟側のイナンクルへ行ってみた。秘湯宿といっても極度に鄙びているわけではない。脱衣所から浴室にかけてはわりとモダンな感じがした。提供する源泉は何種類もありつつ、基本的な泉質としては「ナトリウム-塩化物・炭酸水素塩泉、低張性、中性、高温泉」のようだ。もちろん源泉かけ流し。
ぬるめのお湯で幸せになろうね(激熱もあるよ)
当時の客は自分ともう一人。カランは浴室入口付近に6台と奥にあと3台くらいあった。一見すると浴槽は2つ。それぞれ「イナンクルアンナー<幸せになろうね>」「イナンクルアンノー<幸せになろうぜ>」と名前が付いている。
まず3名サイズのアンナーの方に入湯したらぬるめだった。季節に合っていて大変結構。お湯はちょっと濁りが混じっているような気もする無色透明。微硫黄香に加えて、ややヌルっとした感触がある。湯口のあたりは岩風呂っぽい雰囲気に作られていて、岩が赤いのはもともとの色なのか、温泉成分による変色なのか。
本来の自分の好みを考えたらアンナーで長湯を決め込むところだが、当湯に数ある浴槽のまだまだ序の口だ。時間も気になるのでさくっと次へ行こう。
アンノーは6~7名サイズでお湯の濁りが強い。半白濁ってところだ。そして浴槽の縁や周囲の床は白系の析出物にうっすら覆われているように見える(光の加減?)。残念なことに熱すぎて入れなかった。生半可なあつ湯じゃない。つま先を突っ込んだだけで「こりゃだめだ」とあきらめた。日帰り時間帯が激熱でも、もしかすると宿泊客が使う頃にはもっとマイルドに調整されている可能性はある。
コンパクトな露天風呂は貸し切り気分になれそう
奥に開いた出入口から外へ出るとさらに2つの露天風呂があった。「春鹿呼(しゅんろくこ)の湯」「秋鹿鳴(しゅうろくめい)の湯」と名前が付いている。中のお湯は微妙に濁っており、アンナーとアンノーの中間くらいの透明度だった。
春鹿呼は2名サイズ、秋鹿鳴は3名サイズ。どちらも似たようなお湯で、印象としては秋鹿鳴がイナンクルアンナー以上にぬるく感じられた。おそらく時と場合によるんだろうけどね。
秘湯の露天風呂といえども目隠しの塀はある。野湯とは違う。もちろん街中の雑踏的な空気感は一切なくて自然の真っ只中という雰囲気はある。少人数グループでこの露天風呂にみんなで入ってまったりしてると楽しいんじゃないかな。
貴重な足元湧出泉のイコロ・ボッカ
宝物は宿泊棟にあり
この時点で30分近くが経過していた。いかん、まだ入らなきゃいけないお風呂があるんだ。こんなに慌ただしく行動してたら心底堪能したとは言えないよなー、と承知の上で次へ移ろう。いったん服を着て宿泊棟へ移動した。途中に小さな滝の見える展望所(?)がありました。
こちらが宿泊棟「こもれび荘」だ。
ロビーはこうなっている。フロントにスタッフが待機しているわけではない。自発的に浴場まで行くべし。
イコロ・ボッカ<宝物が湧き上がる>の湯には誰もいなかった。よっしゃ独占。ここの特徴は足元湧出とのことだ。なるほど「宝物が湧き上がる」わけね。確かに貴重ですな。
内湯はなくて6名サイズの露天風呂がひとつ。3台あるカランのうち1台は掃除用あるいは加水用にも見えるホースが取り付けてあった。もしかしてものすごく熱いのか?…実際は熱めだけど適温だから大丈夫。
下からも横からもポコポコ湧き出している
ちょっと観察するとすぐわかる通り、風呂の中のあちこちでポコポコっと泡が浮かんでは弾けている。底や横の壁の割れ目から源泉がガスと一緒に湧き出しているんだろう。やってくれるぜ足元湧出泉。直接触れるとアチチかもしれないから少し離れて浸かろうかね。
おお、気のせいと言われようが何だろうが、超新鮮なお湯に触れてとても気分がいいでござる。熱めゆえ長くは粘れないから、いったん外へ出てクールダウンする動作と組み合わせて、しつこく何度も浸かり直した。あー気分がいい。まさにイコロ・ボッカ。
やがて1時間以内と決めていた滞在計画が終わりの時を迎えた。あーあ、もう出なきゃいけないのか。風呂の数が多いだけに1時間じゃいかにも慌ただしい。でも次の目的地もあるし、しょうがねーな。
退出して車に乗り込み、運転を始めてすぐ道路脇にエゾシカを見つけた。フキをもぐもぐ食べていた。こっちを見て「ん? 何か問題でも?」という表情。さすが秘湯の地だな。そこから少しも行かないうちに今度は別のエゾシカが道路をひょいと横切る。ちょ、うぉぉーい、ふつーに出すぎぃ!…やっぱり秘湯の地だ。