安倍川源流域の小さな温泉場・梅ヶ島温泉を5年ぶりに訪問した。前回は一人旅でバスに乗ったのだった。今回は複数人で1台の車に同乗して行ったが、思い出通り、いや記憶していた以上の秘境感だった。とくにご当地へ至るまでの道路がハードモード。
お世話になった「旅館いちかわ」は梅ヶ島温泉らしい小さな宿だが、ハード面とサービスはしっかりしていて好感が持てた。温泉面も良好で、お風呂は小さめながらも単純硫黄泉の特徴がしっかり表れた良質のお湯を楽しめる。
加えて印象に残ったのが食事。まずうまい。そのうえでボリュームがすごい。追加で鍋を頼んだからにしても、食べきれないほど盛りだくさんであった。
梅ヶ島温泉「旅館いちかわ」へのアクセス
安倍川を遡って赤水の滝へ
梅ヶ島温泉は静岡市葵区にある。この葵区が市の中心部から梅ヶ島・井川を含む山間部まで南北に広がっており、同一市内とはいえ静岡駅から当湯まで路線バスで約2時間かかってしまう。バスは本数も少ないから要注意だ。
バスで2時間というのにはおそらく理由があって、安倍川沿いの県道29号が…少なくとも自分がドライバーだったら…なかなかの難コース。川の両岸ぎりぎりまで山がどーんと迫っている隙間をぬって道路を通しているようなものだから、くねくねカーブとトンネルと離合困難な狭隘区間を多く含む、ゆっくりと進むほかない道なのだ。
今回の運転は熟練ドライバーにおまかせなので無問題。新東名・新静岡IC経由でスムーズに赤水の滝という観光スポットまで来た。駐車場から少し下ったところに展望所がある。滝までの距離はやや遠い。
落差は50メートル。写真から受ける印象よりも実際に生で見たスケール感は大きい。紅葉の頃はきれいかもね。
体力の衰えを痛感させた安倍の大滝
お次は日本の滝百選に選ばれている安倍の大滝。前回に続いて2度めの見学になる。梅ヶ島温泉街入口にある民宿「湯の華」の敷地が有料駐車場になっていて(500円)、すぐそばが安倍の大滝への遊歩道起点だからおすすめだ。
安倍の大滝についてのレポートはこちらのリンク先をどうぞ。起点から最初の吊り橋を渡り、次の吊り橋がいきなりの試練だ。素朴なつくりで結構揺れて怖い。ひとりずつゆっくり渡るようにとの注意書きがあるほどだ。
試練を超えたらまた試練。登りの勾配がきつい。前回体験したはずなのに思い出からその情報がすっかり抜け落ちていた…息が切れて足がふらつく。こんなきつい道だったっけなあ、体力が衰えたせいかなあ。苦節30分でなんとかたどり着いた。
安倍の大滝は落差80メートル。展望台が滝の近くにあるから迫力十分だ。水量は多くとも単なる勢いだけではない、幾筋もの優美な流れを見せてくれる。
そして駐車場へ戻ってから温泉街奥にある三段の滝へ。こちらも2度め。安倍の大滝の後だと小さく映ってしまうのは仕方ない。
というような観光を経て旅館いちかわに着いた。
きちんと整えられた快適な部屋
ではチェックイン。静かな里の素朴な宿という勝手に抱いたイメージは必ずしもあてはまらず、館内はとくに鄙びてるわけではない。フロント横にはお茶のお土産コーナーあり。
客室・大浴場・食事処は全部2階に集まっている。2階の廊下に貼ってあった「冬のダイヤモンド」と題する星の写真がきれいだったな。たしかに夜の梅ヶ島なら星がよく見えそうな気がする。
案内された部屋は10畳+広縁和室。入った瞬間に「おおお」と声が出たくらい、いい感じの部屋だった。古い様子は全然ないし管理状態は良好で快適だ。布団は夕食時に敷いてくれて朝食時にあげてくれる方式。
シャワートイレ・洗面台あり。金庫なし、小さい空の冷蔵庫あり、WiFiあり。山間部だから冬は静岡市中心部と5~6℃も気温差があるそうで、朝などはかなり冷え込むが、エアコンつければ大丈夫。ヒーターやこたつはない。窓の外は安倍川の源流。
静岡市中心街では広大な河川敷を持つ安倍川も梅ヶ島まで来ると小川になってしまう。ずいぶんと奥地まで来たんだなーと思わせる景色だ。
つるつるヌルヌルのアルカリ硫黄泉
さっそく硫黄のアピールが
いちかわの大浴場は2階にある。部屋からすぐ近くだった。通路の一角に休憩コーナーが一応ある。
通路の壁に分析書が貼ってあって、「単純硫黄温泉、低張性、アルカリ性、温泉」とのこと。40℃の源泉を加温してかけ流しと書かれており、加温あり・循環なし。加水と消毒は不明。男湯・女湯の入れ替えはない。夜は22時まで、朝は6時半から。
脱衣所の時点でもう硫黄を意識させる匂いがプ~ンと漂っている。こりゃすげえ。浴室に入ると匂いはさらに強くなる。浴室に4台あるカランは温泉の硫黄成分のためか金属部分に黒い腐食が進んでいた。こりゃすげえ。
結構なオーバーフローを観測できる内湯
内湯の浴槽は2名サイズ。手前側の木枠が温泉のせいでツルツルと滑りやすくなっているから注意。お湯の見た目は無色透明で泡付きなし。じっくり眺めると湯の花の微粒子に気がつく。お湯じたいの匂いはやっぱりいかにもなタマゴ臭だった。そしてアルカリ性のためかヌルヌルの感触あり。
温度は適温。たしかチェックイン時に女将さんが41.7℃と説明していたような。最初だけ「熱い」と感じるが、浸かっているうちに慣れる。湯口の近くにあぶくがボコボコっと浮き上がってくるところがあったのはなんだろね。
さすが、かけ流しを謳うだけあって、お湯が湯船からどんどんオーバーフローして出ていく。床面の一部は常時あふれたお湯で覆われたようになっていて、なぜかちょっとうれしい。
露天風呂のクオリティがすばらしい
露天風呂も2名サイズで一部が浅くなっている(2名とも深い部分に浸かれるくらいの余裕はある)。こちらはややぬるめで自分好み。長い時間ずーっと入っていられるからね。しかも湯の花・タマゴ臭・ヌルヌルといった温泉らしい特徴が内湯よりも強いような気がするのだ。いいぞいいぞ。
両隣も旅館だし、仕切りの塀があるから山や川が見えるといった眺望はない。夜に入った際に空を見上げてみたが、明るい星をひとつ認識できただけだった。浴室の明かりのために暗さが足りなかったのでしょう。しかし夜中に外を散歩してまで星見にこだわる根性はなく。
露天風呂に浸かってみて、梅ヶ島温泉のクオリティにはあらためて感心せざるを得ない。お風呂でよく「ふぃーっ」とリラックスしたような、解放されたような、一気に満たされたような感覚になるが、あれの強力バージョン。とにかくお湯の心地良さと温泉が効いてくる感じがすごい。ハッピーこの上なし。
宿泊中に夕方2回・夜1回・朝2回も入浴してしまった。気がつくとお肌がすっかりすべすべになっていた。こりゃすげえ。
ハッピーな敗北とでも言うべき食事のもてなし
うまい、たっぷり、夕食の猪鍋コース
いちかわの食事は朝夕とも2階の食事処で。いずれも準備ができると部屋に電話がかかってくる。夕食は10分ほど前倒しで電話が来た。廊下へ出ると「こちらです」と声がかかり、自分たち用の個室へ案内された。こちらがスターティングメンバー。
サラダたっぷり。左上のやつはイチジクだったっけ。その他の品も酒を嗜むおじさんにはぴったり。しかも猪鍋コースで予約してあった。酒粕入りの味噌仕立てによる濃いめの味付けが猪肉によく合ってて、とてもおいしい。
その鍋がかなりのボリュームである。実際のところ、最初の品々とこの鍋でもうお腹いっぱい。だが途中でそばがき、天ぷら、里芋のあんかけ的なやつが追加され、ビールの量を手加減したにもかかわらず完全に胃の空き容量がなくなってしまった。
やむなく天ぷらの一部を残し、鍋の自分の取り分を一部放棄し、締めのご飯には手を付けなかった。にゅうめん入りの椀物も残した。ああごめんなさい。いくら食の細いおじさんといえども、これほどの大敗北は長らく記憶にない。
朝食までには復活した(つもり)
朝食も同じ個室で。昨夜の分はなんとか消化できたようだ。大丈夫、俺はまだやれる。
ご飯はお櫃から自分でよそう方式だったので念のため少なめに盛っておいた。大丈夫、俺はまだやれる(量を調整すれば)。でもまあ湯豆腐とか温泉玉子とか、やわらかくてするするっと入ってくれるおかずが多いから大丈夫だ。
配膳時に宿の人から聞いた話によると今朝はマイナス4℃だったとか。うへぇ。どうりで露天風呂でちょっと湯から出て身体を外気にさらしていたらあっという間に冷えきったわけだ。部屋の水道には「凍結防止のため水を少し流したままにしてください」って書いてあったし。
…ああなんだか寒くなってきた。食べ終わったらまた風呂に入ろうっと。
* * *
梅ヶ島温泉そのものがいい温泉なんだと思うが、いちかわのお風呂はそのクオリティをしっかり伝えてくれている。過剰に加温せず、じっくり堪能しやすい温度で提供しているのがいい。不思議なことに最初は熱いと思ってもすぐに心地よくなるのだ。
食事についてはボリューム面を強調してしまったけど、味の方もいい具合だった。設備面やハキハキした接客・親切で世話好きそうな応対を含めて、梅ヶ島温泉へ行くならおすすめしたい宿だ。
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