島根県の安来と聞けば、どじょうすくいの安来節を連想する。あるいは歴史好きなら月山富田城かもしれない。だが今どきは足立美術館ということになるだろう。庭園ランキング連続日本一に輝いた見事な庭園と日本近代美術の展示品を求めて大勢の観光客が訪れる。
その有名スポットのすぐ横が「さぎの湯温泉」という温泉地になっている。本当にすぐ隣。徒歩0分。へー、じゃあちょうどいいねと、このたび足立美術館を見学してさぎの湯温泉に泊まる計画を立てた。お世話になった先は食堂でもあり旅館でもある「竹葉」。
本格的な源泉かけ流しを楽しめるだけでも温泉めぐりの宿としてアリだし、食堂をやってるだけあって料理も文句なし。足立美術館と組み合わせやすい相性の良さを含めてメリットは多い。
さぎの湯温泉「竹葉」へのアクセス
旅の2日目。米子・皆生温泉の日帰り温泉オーシャンに立ち寄り入浴したおじさんの次なる目的地は足立美術館。その前に米子市内でレンタカーを返却した。鳥取空港で借りて米子で返却すれば乗り捨て料金0円だったから。以後は鉄道とバスでカバーする。
米子駅からJRで隣の安来駅へ移動。ちょうど駅前に足立美術館の無料送迎バスが待っていた。当館では安来駅までの送迎サービスを行っているのだ。訪問時には厳しい世間情勢もあって車内はガラガラだったが、平時の繁忙期には乗車定員いっぱいで乗せてもらえないリスクがあるやもしれず。
美術館を見学して旅館に泊まって翌朝このバスで戻ってくるのはOK。ズルでも何でもない。つまり温泉が主目的であっても、美術館の見学とセットにすれば、安来駅からの足は無料で用意されていると考えてよい。
バスはしばらく市街地を進んだ後、内陸の方へ田園風景の中を走る。20分ほどで足立美術館の巨大な駐車場が現れた。いやまじで広い。こんなご時世になる前は、この広すぎる駐車場が車でいっぱいになり、駐車待ちが列をなす光景が当たり前だったなんて、信じられんな。
バスを降りてまず美術館を見学してから竹葉へ向かった。といってもすぐ隣だから迷いようがない。
足立美術館直結レベルの旅館
正面玄関は食堂の店舗のように見え、宿泊客は別の入口があるのかなと変に気を回してしまったが、同じ場所から出入りするでOK。中に入ると数組分のテーブル席と数組分の小上がりの間がある食堂だった。応対に出てきたスタッフさんに宿泊の旨を告げると奥の方へ案内された。
奥の扉から向こうは完全に旅館のつくり。まずマッサージチェア付きのロビー兼湯あがり休憩所があって、朝はここでセルフサービスのコーヒーが飲める。
案内された部屋は2階の6畳+広縁和室。スペック以上に広く感じた。管理状態は良好。
到着時は「西日が当たって暑いから」とのことでカーテンを閉めきっていて、布団は最初から敷いてあった。広縁の奥に洗面台がある。トイレなし。2階の共同トイレは男女兼用で個室は和洋式が各1ずつ。1階の男子トイレの個室は和式だった。
金庫なし、空の冷蔵庫あり、WiFiあり。窓の外はこんな感じ。なんだかわからないでしょうな。
下に目をやると整えられた庭、右寄りの向こう側に足立美術館の建物がちょこっとのぞいている。そんな景色だ。
本格的な源泉かけ流しを楽しめる
風情ある内湯と庭園露天風呂
竹葉のお風呂は1階にある。時間によって男女が入れ替わる2つの浴場と貸切風呂がひとつ。チェックイン後の夕方は奥側の一般浴場へ行った。分析書はたしか廊下の壁に貼ってあったと思う。「含弱放射能-ナトリウム・カルシウム-塩化物硫酸塩温泉、低張性、弱アルカリ性、高温泉」とのこと。
浴室内にカランは3台。内湯は3~4名サイズの木の浴槽でなかなか風情がありますな。これまた木の湯口から十分な量の源泉が投入されている。加水や循環はしてないはず。
浸かってみるとやや熱い。お湯は完全なる無色透明で湯の花や泡付きは見られず。分析書の字面に知覚が引っ張られたせいだとわかっちゃいるけど、硫酸塩泉らしい匂いだなーとの印象を持った。肌にしっとり染み込むような浴感がなかなかのもの。
そして露天風呂もありんす。らっきょうのような形をした3名サイズの岩風呂だ。外気で冷めやすいせいか内湯よりも若干ぬるかった。好みでいえばこっちの方が入りやすい。あー効くぜー。
露天風呂には景色を見ながら湯に浸かる楽しさを期待してしまうが、ここのは庭園を眺める趣向になっている。植栽を見るに紅葉の時期がかなりいいんじゃないかな。この庭の先に足立美術館があって、日本一を誇る庭園とつながっていて…と妄想にふけるのも乙なものだ。
ぬるくて重宝した、もうひとつの浴場
翌朝になったら男女が入れ替わっていて、手前側の一般浴場が男湯だった。脱衣所から浴室にかけて、なんとなくこちらの方がモダンなデザインでリニューアル感がある。カランは3台。内湯は3名サイズで木ではない一般的なタイルの浴槽。
全体を通じてこの内湯が一番気に入った。なぜなら温度が最も低くて、他とは一段も二段も違う水準でぬるかったからだ。いつでも必ずぬるいようにチューニングされているとは思わない。おそらくたまたまだろうけど、好みの問題とはいえうれしい。
さぎの湯温泉の源泉かけ流しを、熱いから数分で出たくなるということもなく、ゆっくり楽しめる。Win-Winじゃないですか(意味不明)。惜しむらくは朝の慌ただしい時間帯で長湯というほどの長湯ができなかったことかな。6時台と7時台の2回入りましたけど。
※一般浴場は貸し切り方式ではないが、先客がいそうだったら遠慮して時間をずらす、あうんの呼吸による擬似的な貸し切り運用の雰囲気があったので、自分だけ長時間占有するのがためらわれる事情もあった。
こちらにも露天風呂がある。お湯は適温。庭園を見ながら入れるのは前日の男湯と一緒だ。少しでもぬるい方を優先して内湯メインになっちゃったけど、露天風呂もなかなか結構なお点前だ。なお、朝のお風呂は5時半から8時までだから機会損失に注意。なので朝食前に2回入った。
貸切風呂は熱かった
貸切風呂についても触れておこう。夕食後に行ってみた。入浴中の札をかけて脱衣所の内鍵をしめる。浴室のカランは1台で2名サイズの内湯浴槽がある。浸かってみたら熱い。これはもう明らかにあつ湯の部類だ。自分の腕で湯もみの真似事をする必要があった。
壁から2本の蛇口が生えており、うち1本は白い析出物がびっしりと付着している。たぶん源泉が出てくるんだろう。もう1本は水のはずだから、そちらをひねって加水するのもありかなと思いつつ、下手に触らないでおいた。
このように、ぬるめ~熱いまで温度はいろいろだったが、おそらく場所ごとに温度のチューニングが決まっているわけではなく、源泉の湧出から供給に至る過程で起きる自然な温度変化のあやだと思う。熱いかぬるいかはその時次第だ。
ご当地らしさもある料理が並ぶ
量も味も満足した夕食
竹葉の食事は朝夕とも食堂のテーブル席で。夕食は一番早いのが18時半。準備ができると部屋に連絡が来る。着席時点で豪華スターティングメンバーが並んでいた。
前菜の中央に見える細長いのはどじょう。そして刺身の中にトビウオが含まれてた。どちらも自分にとっては珍しい。加えて食材のことだけでなくやっぱり味が良い…キャッチーな表現ができなくてすまんす。グルメリポーターは絶対に無理だな。
とにかくこれらの品々を相手にビールでお腹を膨らますのがもったいないと判断して最小限に留め、月山という日本酒に切り替えた。肉と野菜がいっぱいの陶板焼き、子持ちで得した気分になった魚の煮付けをやっつける頃にはすっかり満腹状態。途中で天ぷらも出てきたし。締めのご飯は控えめといういつものパターンでフィニッシュ。
季節を変えて、あるいは別の食材やアレンジでまた楽しんでみたいと思わせるだけのものがあった。
朝食はやっぱりしじみの味噌汁
朝食は7時半か8時。朝風呂を目いっぱい入るつもりなら8時がいいでしょう。定番な和定食といえども結構食べ応えあるよ。
イカの塩辛と焼き魚のせいで、ふだんしないご飯のおかわりをすることになった。あと島根だなあと思ったのがしじみの味噌汁。全国どこでもしじみの味噌汁あるけど、しじみといえばやっぱり宍道湖を連想してしまう。こういうご当地キャラは旅に来た感が増していいね。
食後はロビーで優雅にコーヒーをいただく。もう風呂には入れないから予定より早めにチェックアウトするか…この思いつきが後の行程にとってナイスな判断だったことを当時は知る由もない。
* * *
足立美術館とさぎの湯温泉の組み合わせはかなり相性がいい。少なくとも竹葉に関していえば、小規模宿ゆえに、大型バスで乗り付けた宴会目的の団体に占拠されることはあり得ず、少人数でゆっくりしたい人や一人旅の利用に向いている。
それに温泉も食事も本格的だから、自分のような温泉宿を泊まり歩くことに楽しみを覚える人間にはまさにぴったりだ。
おまけ:人気スポットの足立美術館
ランキング日本一となった庭園
美術のことは何もわからなくても観光スポットとして訪れてみたい足立美術館。安来出身の実業家・足立全康が創設した。お見事すぎる庭園は必見。
遠くに滝が見えるのだが、敷地内ではなくて道路を隔てた向こう側に作ってあって、走る車が見えないように木の配置を工夫しているんだとか。しかしどの方角を見てもどこを切り取っても絵になるな。
窓越しの粋な見せ方もある。
隣の部屋の窓は縦に細長く、風景を掛け軸として見せる趣向になっていた。やってくれるぜ。
1時間じゃ見きれないボリューム
撮影禁止の館内は日本近代美術の展示がいっぱい。ハイライトは横山大観コレクションだろうか。横山大観といえば茨城の五浦温泉を訪れたときのことを思い出す。温泉のことだけ考えて行動してもこういう邂逅があるんだからなあ、面白い。
展示品はかなり多く、見終わったと思わせて別館という第2弾に続くから、所要時間は相当かかる。何もわからない素人がひと通り見て回っただけでも1時間半かかった。作品をしっかり咀嚼しながらだと2時間以上を要するだろう。
ちなみに当地から3.5kmのところに月山富田城跡がある。「はかりごと多きは勝ち、少なきは負ける」のせりふがカッコ良すぎた緒形拳の顔が重なる尼子経久の居城だ。行ってみたかったが時間的な都合により断念無念。