秋田県大館市の北の方、青森との県境・矢立峠近くに日景温泉という秘湯がある。ネットの評判でその存在を知って以来、いつか行ってみたいと思っていたところ秋田旅行の話が持ち上がったので、ここぞとばかりに主張して組み込んでもらった。
かつて一度閉館してから経営が変わってリニューアルオープンしたらしい。なかなかの高級旅館なお値段になっているのはそのためかな。
でもさすがにすばらしいですな。快適性とレトロ感が両立していて、ただいるだけでも楽しめる。お風呂はいかにも秘湯っぽい雰囲気の白濁硫黄泉で言うことなし。なるほどね~、これは支持するファンは多いでしょう。泊まるためにわざわざ旅のコースから突出した感じになったけど、そうするだけの価値はあった。
日景温泉へのアクセス
鹿角・小坂を経由して
今回はレンタカーだったから行くのにさほど悩みはなかったが、鉄道だとどうすんだろ。調べると日景温泉入口というバス停があり、JR大館駅との間を結ぶ路線バスが上り下りとも10・13・16時台に通過するようだ。やってやれなくはないか。また日景温泉のホームページによれば陣場駅か碇ヶ関駅まで送迎してくれる模様。
高速と下道の差は意外とでかい
ここで注意すべきは小坂から向かうのに高速を使うかどうか。高速に乗るのは小坂ICから碇ヶ関ICまでたった1区間だし、ちょっと行き過ぎる感じになる。だったら並走する国道282号でよくないか? 所要時間はグーグルマップによれば10分も違わないみたいよ…だが現実は甘くなかった。
高速ならトンネルであっさり通過できる坂梨峠は、下道だとくねくねカーブが連続するスピードの出せない山道となる。峠越えで10分どころでない大差がついたんじゃないかと思う。メンバー一同、とあるテレビ中継が始まるまでに着きたかったから結構焦った(もちろん安全運転が最優先です)。
しかしおかげで坂梨峠付近に遠部・古遠部という地名の看板がちらほら見られたのは収穫だった。古遠部温泉といえばトド寝と大量の析出物でできた石灰華ドームで知られる有名どころ。ここもいつか行ってみたい温泉。その場所のあたりがついたぜ。
国道7号にスイッチしたら「道の駅やたて」の少し先に日景温泉への分岐道がある。この狭い道を1キロ弱いくと現れる一軒宿がゴールだ。
奥の深さを感じさせる秘湯宿
にわとりとヤギのお出迎え
駐車場に車を置いて小さな橋を渡る。敷地内にはヤギがいたり、
にわとり(比内地鶏?)が放し飼いになっていたりする。こちらを見ると飼い犬のように駆け寄ってくるのがかわいい。
ではチェックイン。館内は昔ながら風を保ちつつも質感はモダンだし、全般まだ新しくて清潔感ばっちり。近代的ホテルに慣れている人でも馴染めると思う。
チェックイン時の説明で部屋にテレビがないことが判明した。やっべぇー中継が…まあしょうがない、秘湯に来たくて来たんだからな。テレビがないのは宿側の演出というより単に電波が届かない問題のようだ。
客室と浴場以外もいろいろあり
館内のあちこちに休憩所や特別な部屋があって、たとえば図書室。真面目な本からコミックまで各種取り揃えております。
他には日景温泉資料室なんてのもあった。宿の歴史を伝える資料から一般的な骨董品から野球・相撲に関する収集品からナマハゲまでいろいろ。
資料室の隣には昔なつかし温泉卓球と無料のマッサージチェアもございます。なんというか引き出しがいっぱいあるねって感じだ。
えらくゴージャスな部屋
案内された部屋は2階相当にある和洋室。うわあー広いしゴージャスじゃないか。ベッド2台の洋室部分がこちら。
最初から布団が敷いてあった和室部分がこちら。10畳。広縁が洋室部分とつながっている。我々の人数にこの規模の部屋をあてがってくれるとは、やってくれますな。
いうまでもなくきれいなシャワートイレ・きれいな洗面台付き。金庫あり、冷蔵庫の中には缶ビール2本と「白神山地の水」というペットボトルの水がサービスで入っていた。あとWiFiあり。秋の山里でもカメムシはいなかった。
窓の外は旅館前のロータリーを真横から見るアングル。温泉に入ることしか頭にないから景観がどうのはこだわらない。部屋そのものがハイスペックなので十分満足である。
すばらしいお湯と雰囲気の大浴場
湯っこがいっぱい
さっそく作務衣に着替えて温泉へ。当館には5箇所の浴場がある。
・ぬぐだまる湯っこ(男女別大浴場、内湯+露天)
・めんけ湯っこ北(貸切内湯)
・めんけ湯っこ南(貸切内湯)
・あんべいい湯っこ(貸切露天)
・うるげる湯っこ(貸切露天)
4つある貸切風呂のうち夕方~夜の分で1箇所、翌朝分でもう1箇所、チェックインの際に1時間ずつ予約を入れることができる。ロビー横の黒板に部屋番号のマグネットを貼っておくのだ。“めんけ”は硫黄泉、“あんべいい”と“うるげる”は炭酸泉と黒板に書いてあったから、炭酸は珍しいなと思って夕食後=あんべいい、朝食後=うるげるに予約を入れてみた。
湯治場風情がたまらない内湯
ということで夕方は大浴場へ。こちらは時間による男女の入れ替えなし。男湯の入口手前に2種類の分析書が貼ってあって「うるげる湯っこ」と書いてあるから混乱するが、ぬぐだまる湯っこのことだよね。
青森ひば風呂と記された内湯が「含硫黄(硫化水素型)-ナトリウム-塩化物泉、低張性、中性、温泉、加温あり」、露天風呂が「含硫黄(硫化水素型)・二酸化炭素-ナトリウム-塩化物泉、加水あり」らしかった。
脱衣所に入った時点でツーンと腐卵臭がしてきた。いいよいいよ~。期待して浴室へ進むと、おー、いいじゃないの。鄙びた湯治場の風情を漂わせる、それでいて古くさくもない、雰囲気たっぷりのひば風呂が2つ。いずれもお湯は乳白色で浴槽の底は見えない。
左の壁際には1名がゆったり入る寝湯。お湯はぬるめでGood。いつもならロックオンしてもおかしくないクオリティだけど今回は露天風呂に注力したためほとんど利用せず。
その隣に6名サイズのメイン浴槽。適温。中性なのでピリピリ来るという意味での刺激はなく入りやすい。どちらかといえば匂いが刺激的で、浴室内は腐卵臭を通り越してゴム臭の域に達しそうな勢い。そのせいか窓はつねに大きく開け放たれており、換気に注意が払われているようだった。その分、温泉が効いてくる感じがすごくあり、実際にも効能は間違いないだろうと思う。なお浴室には8名分の洗い場がある。
好みの場所で楽しみたい露天風呂
向かって右奥に露天風呂への扉があった。外へ出ると、ひょうたん風の輪郭を持つ浴槽の中に2つの岩が置かれ、つまりは8の字型になっていた。やっぱり乳白色で底は見えない。
ここは居場所によって温度が変わる。手前の湯口付近は熱め、奥の加水パイプ付近はぬるめ、中間地点は中間温度。お好みでどうぞ。含二酸化炭素といっても肌に泡が付くようなことはなく、湯の花的な浮遊する白い粒も見られなかった。とにかくなめらかな白濁のお湯である。
とりわけ匂いが味わい深い(変な表現だが)。ある時はタマゴ臭、またある時は金気臭、ときどき火薬臭、そして石油臭から焦げタイヤ臭と、嗅ぐたびに印象がころころ変化する。怪人二十面相のごとし。こいつはすげえや。
周囲が塀や笹で目隠しされて眺望はなくても秘湯感は十分にある。当時は残念ながら雨だったが、晴れた夜には星がたくさん見えたりもしそうで、温泉の実力に見合う露天風呂なのではないかな。
炭酸泉があんべよくてうるげる貸切風呂
コンパクトなあんべいい湯っこ
夕食後には貸切のあんべいい湯っこへ。炭酸泉とのふれこみだから大浴場の露天風呂と同じ源泉を引いてると思われる。前述の資料館・卓球部屋の近くに外へ出る扉があって、そこからサンダルに履き替えて正面の小屋へ歩く。小屋の扉の札を「使用中」にひっくり返したら中に入る。
簡素な脱衣棚と2~3名サイズの四角い浴槽からなるコンパクトなつくり。小屋の中にすっぽり収まってるから半露天といった方が近い。ちなみに洗い場なし。
元のお湯は熱いです・出水口があるので水量を加減して温度を調節してください・水は絶対に止めないでください、と事前に説明されていた通り、湯船に手を突っ込んだら熱かったので水を強めに流して温度を下げた。ぬるくしたらとてもいい浴感。あーいいわ。目の前にはライトアップされた木が暗闇の中に浮かび上がっている。良い演出。やってくれるぜ。
大きめのうるげる湯っこ
翌日朝食後にはうるげる湯っこへ。あんべいい湯と同じところから外へ出て右手に進むと別の小屋がある。札を使用中にして中へ…おっ、こっちは広いぞ。家族風呂という板も掲げてあるし。
6名サイズの細長い浴槽で出水口が2箇所ある。一方はチョロチョロ以上には強くできなかった。ぬる湯好きの同行メンバーが「熱いなこれ」と他方の出水口を全開にしたら、かなりの勢いで水が噴き出してきた。おかげでわりとすぐにぬる湯化した。自分もぬるいのが好きだから気持ち良い。あー、うるげるー。
この貸切風呂は上方向も横方向も露天といえる開放感がある。白濁硫黄泉の露天風呂を独占利用できるんだからたまりませんな。おしりの時刻ギリギリすぎない程度に出ていく前提で最大45~50分滞在可能として、この泉質でそんなに入っていられるかなと思ったけど、加水してぬるくしたら意外といけた。なおここにも洗い場はない。
十分すぎるほどに豪華な食事
舌と目で楽しむ夕食
日景温泉の食事は朝夕とも個室で。食事処へ行って部屋番号を告げると、こちらですと別室へ案内される。夕食のスターティングメンバーがこれ。
前菜その他が洒落た感じの器に入って並べられている。リニューアル後の日景温泉の運営を引き継いだのは地元の老舗料亭との情報があるから、期待しちゃうね。「今日は大間のマグロが手に入りましたので」とサービスのお造りが出てきたのにはびっくりした。
茶碗蒸しなど比内地鶏を使った品がいくつかあったのは秋田らしい。途中で出てきたヒメマスとメロンのタルタルも洒落ている。
鮎の塩焼きは皿に乗っているのでなく串に刺した状態でおっ立ててあった。カメラに収めてくださいと言わんばかり。
続く秋田牛の竹筒蒸し、ご飯代わりのきりたんぽ鍋(器は大館だけに曲げわっぱ)、デザートまで、いずれも美味なり。料亭云々は後日得た情報であって当時は先入観がなかったから、本当の個人の感想です。味とともに見た目を楽しませてくれたのも料亭の技だったんだな、と納得だ。
お粥派にはありがたい朝食
朝も同じ個室で。やっぱり手抜かりのない整った感じで出てくる。
茶碗蒸しに見えなくもない器の中は温泉玉子。鍋は湯豆腐。焼き魚系がなかったはずはないんだけど、いかん、記憶が飛んでる。ご飯は普通のとお粥が選べる。自分はお粥をチョイス。旅行中の朝はなぜかお粥とかお茶漬けとか、ゆるくしたやつにしてしまう。
朝からそんなに食べない自分でもお腹が苦しくならず、かといって客観的にみて少ないわけでもなく、ちょうどいい量だった。さあ部屋で少し休憩したら貸切風呂だ。
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いつか行きたいと一人で悶々としているだけなら、結局アクションを起こせずに終わった可能性が高いので、今回のグループ旅行にかこつけて訪問したのは正解だったと思う。
しかも現実は期待以上だった。温泉、食事、お部屋、すべてにおいて間違いのない宿。南国リゾートとか誕生日のサプライズケーキ的な世界観しか受け付けない人は別にして、静かな秘湯への嗜好が相応にあるなら、今回はちょっと頑張っちゃおうかなーの時の選択肢になり得るだろう。