個性がはじける登録有形文化財の宿 - 下部温泉 大市館 裕貴屋

下部温泉 大市館 裕貴屋
2年前に身延山久遠寺の桜を一緒に見に行ったメンバーから要望を承った。あの桜がとても良かったから、また行きたい、だと。

宿泊地についても具体的な指令があった。1泊目は、3年あまり前に自分ひとりで訪れたことがある下部温泉。ほほう下部ですか。なかなか渋いチョイスですな。めっちゃぬる湯ですぜ。

というわけで参加メンバーの嗜好と予算にマッチしそうな宿を探して選んだのが「大市館 裕貴屋」。登録有形文化財にもなっている老舗だ。お風呂から各種サービスに至るまで、いろいろとユニークな特徴を持っており、歴史の重みよりも楽しい驚きの印象が強かった。

(2023.8追記)閉業していた模様…。

下部温泉「大市館 裕貴屋」へのアクセス

今回は富士五湖ルートで

前回の下部温泉訪問時は鉄道一人旅で湯元ホテルに泊まったが、今回の裕貴屋へは車で行く。しかも自分がドライバー要員に加わる編成。

東京方面から下部温泉まではいくつかのルートが考えられる。中央道→中部横断道経由で下部温泉早川ICへ達するルートなら、かなり近いところまで高速道路でアプローチできるし、たぶん最速。

もう一つは、甲府南ICで下りて一般道を市川三郷町・富士川町へ、その後は富士川に沿って中部横断道や国道52号を南下するルート。絶景露天風呂として人気の高い「みたまの湯」へ立ち寄るならこれ。

我々が取ったのは中央道富士吉田線・河口湖ICから富士五湖をかすめつつ国道139号・300号(本栖みち)を行くルート。途中で忍野八海へ立ち寄ったけど詳細は割愛します。外国人観光客ばっかりだったとだけ言っておこう。

若いファミリー客が目立つ裕貴屋

下部温泉は鄙びた閑静な温泉地である。そのイメージを抱いて裕貴屋へ車を寄せていったところ、なんだか妙に活気がある。中をのぞくと、ロビーがたくさんのお客さんであふれてる! 桜の見頃だし満室でもおかしくはないけど、予想を大きく超える人口密度にいささか面食らってしまった。

しかも駐車スペースが満杯でもう入れられない状態だった。えらいこっちゃあ。宿の人に車を預けて少し離れた場所(慈照院というお寺の駐車場)へ移動してもらう。

裕貴屋の佇まいからシニア層が主力だと思い込んでいたところ、意外にも小さいお子様を連れたファミリーが目立つ。このためチェックイン待ちのロビーは結構わちゃわちゃしていたが、その後は落ち着きを取り戻し、下部温泉らしいムードになった。


老舗ながらモダンな部屋

なかなか洒落た和洋室

しばらく順番待ちの後にチェックイン。館内も外観と同じように古風なデザイン。民芸調が好きな人は喜ぶはず。床は全部畳敷きになっている。一応スリッパを履くみたいだけどね。
裕貴屋 ロビー
畳がところどころ汚れて見えるのは、後述のサービスで客が飲み物を運ぶ際にこぼしてしまった跡だろう。はっきりいって誰もがやらかすことだ。そういうもんだと思って温かく見守りましょう。

案内された部屋は3階の和洋室。なかなか洒落た感じだ。奥にベッド2台が入った洋室。
和洋室 ベッドルーム
手前には小上がり風の6畳スペース。3名以上で泊まる場合はここに布団を敷く。レトロなラジオ&レコードプレーヤーが置いてあるのが心にくい演出だね。しかもCDも扱えるしUSB/SDの口まである。古典のリメイクってやつですな。
和洋室 和室部分

川の音がBGM

きれいな洗面台・きれいなシャワートイレ・丈夫な金庫・空の丈夫な冷蔵庫などが完備され、何ら文句はない。WiFiは特に説明なかったけどそれっぽいアクセスポイントが見つかる。窓からの景色はこんな感じ。
裕貴屋 窓から見える景色
この川のザーッという音が休みなく聞こえてくる。前回訪問時もそうだった。この音が下部温泉のBGMなのだ。この手の音をうるさいと感じる方は寝付けなくなるといけないので耳栓を用意すべし。

なお、タオル以外の浴衣や歯ブラシほかアメニティは、1階ロビー前のところに置いてあるのを取りに行く。浴衣は様々な柄とサイズが用意されているから自分に合ったやつを探してみよう。
浴衣・タオルの置き部屋

下部の新旧源泉を楽しめるお風呂

開運の湯…熱めの新源泉による一般風呂

裕貴屋の浴場は3箇所。
・洞窟風呂(地階、旧源泉)
・開運の湯(地階、新源泉)
・貸切風呂(2階、新源泉?)

地階にある2つの浴場はつながっていない。1階から別々の階段を下りていく。また今回貸切風呂へは行かなかった。どうせ空いてないだろうし時間的な余裕もなかったし。

まず夕食前に行ってみたのは開運の湯。男湯の脱衣所に分析書が貼ってあり、「アルカリ性単純硫黄泉、低張性、アルカリ性、高温泉」とあった。体温以下のぬる湯で知られる下部温泉だが、こちらに提供されるのは現代になってから掘り当てられた熱めの新源泉だ。

万人向けのよろしいお湯

浴室内に先客は1名。この日の客入りからして風呂は芋洗いになるんじゃないかと心配したけど大丈夫みたい。ほっとした。カランは3つ。奥に3~4名規模の浴槽がある。

入ってみると、熱すぎることもなく、万人向けのちょうどいい適温だった。お湯は無色透明、湯の花なし。いわゆる循環させているようなのだが、浴感は悪くない。単純泉や食塩泉にも感じる「温泉らしい匂い」をもっと際立たせたような、硫黄臭と呼んで差し支えないような匂いがあった。結構なり。

先客が去った後は我らの独占状態。チェックイン時の混雑ぶりからして何組かやって来るはずと思ったけど誰も来なかった。みんな貸切風呂狙いだったのかな。ちなみに開運の湯も夜23時~翌朝6時までは貸し切り可能になる。

洞窟風呂…ぬるい旧源泉を楽しむことに特化

夕食後は一人で洞窟風呂へ行ってみた。他のメンバーは食事と酒でぐったりしちゃったのでね。こちらの男湯の脱衣所にある分析書は「アルカリ性単純温泉、低張性、アルカリ性、低温泉」だった。ぬるいぬるい旧源泉。

「洞窟内にホタルがいます」という説明もあったな。時期は限定されるんだろうけど粋な計らいだ。もちろんこの時はいなかった。

浴室は岩をくり抜いて洞窟にした風情。洗い場はない。手前には4名規模の細長い木の浴槽。清澄な無色透明のお湯に入ってみると…ていうか、入れねえ。つめてー。なにしろ30℃そこそこの源泉を加温せずそのままかけ流しにしているのだ。

浴槽の底から湧き上がる源泉

しかも浴槽の底は“すのこ”状になっており、源泉がすのこの隙間から湧き上がってくる仕掛け。いわゆる足元湧出泉ってやつじゃないの。そんな最強の湯使いを冷たいといって逃げるわけにはいかない。ゆっくりゆっくり体を沈めていってどうにか浸かりきった。

肩まで浸かるとゾクゾクするから肩は出した方がいい。やがて慣れてくると冷たさが清涼感に変わってくる、体を動かしたり波を立てたりしなければ。

それでも体温を奪われて一息つきたくなるから、その時は奥にある2名規模の加温浴槽へ行く。それからまたぬる湯源泉槽へ戻る。ということを繰り返すと冷温交互浴となって気持ちいい。

意外と混まないから助かる

この洞窟風呂が当館の真骨頂のはずなんだけど、かち合った客は加温浴槽に注力して短時間で出ていった1名のみ。ぬるいのが敬遠されているのかしら。夏期でなければ独占のチャンス多そうね。ちなみにここも23時~6時まで貸し切り可能になる。

翌朝には他のメンバーと共に再び洞窟風呂へ。この時は加温浴槽のチューニングが熱すぎて困った。熱すぎて入れないんじゃ、ぬる湯からの逃げ場がないからね。湯もみ的なことをしてどうにか入ったが。

下部のぬる湯には本当は1時間くらいじっくり浸かるべきなんだけど、団体行動の悲しさであっさり出ることになってしまった(今回のメンバーは特に温泉愛好家というわけではない)。それでも肌がコーティングしたかのようにスベスベになっていた。こいつは本物だぜ。


飲み食いをメインの楽しみにすることも可

驚異のお酒飲み放題サービス

裕貴屋の食事について書く前に、独特のサービスを説明せねばなるまい。当館ではあらかじめ用意されたお酒が飲み放題なのだ。もう一度言う。お酒飲み放題である。こりゃすごい。

洞窟風呂へ下る階段近くに別の狭い上り階段があって、その先の中2階みたいな小部屋が無人のバーになっている(20時まで)。酒瓶が並んでおり、セルフで注いで飲む。持ち出しはできずその場で飲むルール。そりゃそうだ。モラルハザードになりかねないからね。冷蔵庫内にアイス最中なんかもあるから、お子様にも喜ばれそう。

自分は結局利用しなかったので品揃えをチェックしなかったけど、ワイン・日本酒・焼酎・ウイスキーなどひと通りありそうだった。ソフトドリンクもあったはず。

またロビー前には湯上がりの休憩処を兼ねた囲炉裏スペースがあって、そこにも一升瓶に入ったワインがたくさん置いてあり、湯のみ茶碗に注いで飲む。湯のみを部屋に持っていくのはOK。マシュマロも用意されていて、串にさして囲炉裏で焼いて食べられるから、これまたお子様が喜びそう。
囲炉裏スペース
とどめは3階の日本酒コーナー。一升瓶から湯のみに注いで飲む。なんかお燗をする装置があるけど使い方はよくわからなかった。酒類・銘柄にこだわらなければ、以上の3箇所でいくらでもお酒を飲める。採算大丈夫なのかなあと心配になるほどだ。
日本酒コーナー

部屋でいただく川魚主体の夕食

裕貴屋の食事は朝夕とも部屋への一度出し。夕食はこれ。焼魚は上述の囲炉裏で仕上げたヤマメである。頭から尻尾まで、骨も全部食べられる。
裕貴屋の夕食
刺身は鯉の洗い、味噌汁に見えるのは鯉こくだった。無理に海産物を入れてこないのは好感が持てる。こういうところは山の物と川魚で結構ですわ。鍋は…いかん忘れた。陶板焼き的なものだったと思うが。

食事のお供の酒は飲み放題のやつでもいいし、別途有料のリストから注文してもいい。自分は有料を承知でまずビールを頼んだら、ビールと料理でお腹が膨れてしまい、飲み放題のお酒に移行する余裕はなかった。

なので宿泊中に飲んだお酒は最初のビールのみ。いま冷静に振り返ると、すごくもったいないことをしたんじゃないか。やってまった~。

ほうとう鍋が出てくる朝食

朝食はこれ。最大の特徴は、ほうとう鍋。宿の朝食でほうとうを食べることになるとは思わなかった。
裕貴屋の朝食
タマゴはゆでとか温泉玉子じゃなくて生である。生が苦手な方は鍋に入れてどうぞ、とおすすめされたので、ほうとうにぶち込んで鍋焼きうどん風にしてみた。

実は、忍野八海のほうとうを出す店で昼食をとったのだが、腹一杯にすると夕食が入らなくなるからと警戒して、ボリューミーなほうとうを避けて鴨そばにした(他のメンバーは全員ほうとう)。

山梨に来たらやっぱりほうとうを食べておくべきだったか、とちょっとモヤモヤしていたので、ここで食べられてよかった。

多彩な特徴を持つ裕貴屋

レトロな風情と飲み放題サービスが強い印象を与える裕貴屋だが、突き抜けた特徴はそれだけではない。駅までロールスロイスで送迎してくれたり、犬と泊まれる別館があったり。

さらにバイク・自転車愛好家を歓迎しているようで、ライダーズカフェ「信玄鉄馬軍団」もやっているらしい。そういえばバイク軍団の客もいたな。いろいろありすぎて、ひと言ではとても語れない裕貴屋であった。