伊豆半島の付け根に知る人ぞ知る、ぬる湯の名湯があった。その名を畑毛温泉という。位置的には函南町に属するのだろうが、今夏の一人旅で訪れた宿は伊豆の国市側にある「大仙家」。
口コミの評判に違わぬ極上の湯であった。ぬるさが非常に気持ちよくて1時間入りっぱなしでも全然平気だった。東京から来やすいこのような場所にこんないい温泉があったなんて。静かで落ち着ける環境なのもいい。
自分は函南駅からの送迎を利用した。駅を出るとすでにマイクロバスが待っており、運転手さんに名前を告げて車に乗り込んだ。同乗した客は他に5~6人で全員見るからに後期高齢者。自分はもうおっさんだけど、この中に入ると場違いなくらいの若造だ。
車は田園風景の中を快調に飛ばして10分くらいでホテルに到着した。
チェックインの際に陶芸工房の割引券をもらった。大仙家では陶芸体験ができることも売りの一つ(結局やらなかったが)。1階の通路脇には陶芸品を展示したコーナーがあった。
泊まった部屋は2階のツインの洋室。一人泊だとこのタイプになる模様。もちろんトイレ・洗面・バス付きで管理状態も申し分ない。おしゃれな庭を望むベランダがまたいい感じ。暑いので外へ出るのはやめておいたが。
これはもう、やるっきゃねえ! ベッドの上に大の字になってカーテン越しに真っ青な空を見上げた。うほほ、ええ気分やでえ~。
…けだるさの海に身を任せること20分、ウトウトし始めたところがクライマックス。もう十分だ。最高の時間だった。お次は風呂だ。
当宿には2種類の源泉が引かれている。一つは約30℃のアルカリ性単純温泉である韮山湯。もう一つは自家源泉の大仙湯で約35℃のナトリウム硫酸塩泉(脱衣所の分析書より。大仙家のホームページの表記だとナトリウム炭酸水素塩泉)。どちらも無色透明で目立った特徴はない。
浴室は八角形の形をしていて約40℃の主浴槽と上記の韮山湯浴槽と大仙湯浴槽がある。主浴槽は広めでお湯がざばざば投入されているけどほとんど利用者がいない。たまに気分転換でつかる人がいるくらい。
いったん入ると30分は動かないから、韮山湯を狙うには人の出入りをよく見計らう必要がある。
タイミングよく空きができたので韮山湯へ入ってみた。つ、冷たい。さすがは30℃。ぬるいを通り越して冷たい。夏だからさっぱりしていいけど他の季節は結構辛そう。
湯船の中では全員が目を閉じてひたすらじっとしている。そのまま30分から1時間を冷たい温泉の中で過ごすうちに体が慣れてくるから不思議だ。出た瞬間になぜかポカポカと暖かくなった。
韮山湯から大仙湯へ移動した直後でないと気づきにくいが、韮山湯の方がさらっとしていて大仙湯はほんのわずかヌメッとしていた。ほとんど変わらないくらいの違いだけど。
加えて大仙湯は泡付きが良い。炭酸泉じゃないかと思うくらい、腕や足に泡がまとわりつく。湯口からはチョロチョロと源泉が投入されている一方、すぐ近くの湯船の中にお湯の吹き出し口があって、目には見えないもののボコボコと勢いある流れができている。その近くを陣取ると、泡付きがものすごいことになった。
普通の宿なら目玉となるはずの露天風呂もここでは人気がなく、たまに1名がふらっと行く程度だった。広く作ってあるだけにもったいないけど、それだけ韮山湯と大仙湯の魅力が強いということだろう。
客層は主にお年寄り。騒がず静かなのはいいんだけど、この年代の常識・作法なのか、浴槽を出入りするたびにタオルをお湯にくぐらせるアクションがいちいち鼻につく。そしてタオルを絞って含ませたお湯を湯船へ戻す。いやいや戻さんでええから。
しかもタオルを浴槽の縁によけて置くのはいいとして、わざわざタオルの裾がお湯に触るように少し垂らしておく客を一人ならず見かけた。なんの儀式やねん。
極めつけは夜に大浴場へ行ったら、もう分別がついてもよさそうな年頃の少年が大仙湯をプールにして泳いでいた…。まあ自分も子供時代に同じことをしてたんだと思うけどね…。親の代わりに湯守のおじさんが飛んできて注意したらさすがにおとなしくなったが。
おじさんはときどき車を1時間あまり走らせて入りに来るそうだ。朝食のみプランで夕食は近くのエースというスーパーで買い出しすることが多いとか、大仙湯の湯口投入量は昔はもっと多かったとか、いろいろ話を聞いた。
相当多彩な趣味とチャレンジ精神をお持ちの方で、アウトドア系もインドア系もすごいアクティブだし、さらにPCやネットを使いこなしている様子で、こちらはただただ「へー、そうなんですか、いやすごいっすね」と返すばかり。
しっかりした張りのある声で立て板に水のようにすらすら話すし、こんな若々しい後期高齢者は見たことがない。これも畑毛温泉の効能か?…湯船で話に聞き入ることなんと1時間超。全部で100分も大仙湯につかっていたことになる。ガッカリ気分でなくニッコリ気分で1日を終えられて幸いだった。
上の写真の鍋はもち豚のコラーゲン鍋。おっさんでも美肌になれるかな。途中には鱧とじゅんさいの椀物が出てきた。鱧もじゅんさいもふだん体験しない珍しい食感。その後出てきた黒米うどんは色と麺の感じがまるで蕎麦のようだった。
写真右側の固形燃料コンロは和風アヒージョのためのもの。オリーブオイルに浸した野菜や魚介類を温めて食べる。オイルだからかなり高温まで熱せられて、気をつけないと口の中がやけどしそうなくらい熱々。それがまたうまさを引き立てる。
締めのご飯はとろろ付きでズルっといける。全体に暑さを吹き飛ばすさっぱりした好メニューで、夏バテ気味でも抵抗なく完食できるのではなかろうか。
なお、座る席はあらかじめ決められていて最初に誘導してくれる。一人客は浮いてしまわないようにと気を遣ってくれたのか、窓際で外を向いて座る席だった。ありがたい。
食事のメニュー・味・提供方法も自分好みの方だ。洋室ベッドも嫌ではない。湯治場としての歴史もありそうだし、連泊を考えてあれこれデザインされているようにみえる。
プチ湯治気分でしばらく滞在できたらいいだろうなあ。良泉・良宿ゆえすでに人気が確立しており、韮山湯と大仙湯は平日でも混雑気味なのが惜しいといえば惜しい。贅沢な悩みだとわかっちゃいるが。
口コミの評判に違わぬ極上の湯であった。ぬるさが非常に気持ちよくて1時間入りっぱなしでも全然平気だった。東京から来やすいこのような場所にこんないい温泉があったなんて。静かで落ち着ける環境なのもいい。
畑毛温泉・大仙家へのアクセス
鉄道で大仙家へ行く場合、どの駅からも歩ける距離ではない。宿の方でJR東海道線・函南駅か伊豆箱根鉄道駿豆線・大場駅への送迎を行っているから、それを利用させてもらおう(要事前連絡)。自分は函南駅からの送迎を利用した。駅を出るとすでにマイクロバスが待っており、運転手さんに名前を告げて車に乗り込んだ。同乗した客は他に5~6人で全員見るからに後期高齢者。自分はもうおっさんだけど、この中に入ると場違いなくらいの若造だ。
車は田園風景の中を快調に飛ばして10分くらいでホテルに到着した。
静かで落ち着くホテル
美術館のような雰囲気
館内はなかなかセンスを感じさせるつくり。派手すぎず、かといって無機質でもなく、ごみごみした窮屈なところがなくて全体にゆったりしている。客層が静かなお年寄り中心ということも手伝って美術館のように落ち着いた雰囲気がある。チェックインの際に陶芸工房の割引券をもらった。大仙家では陶芸体験ができることも売りの一つ(結局やらなかったが)。1階の通路脇には陶芸品を展示したコーナーがあった。
泊まった部屋は2階のツインの洋室。一人泊だとこのタイプになる模様。もちろんトイレ・洗面・バス付きで管理状態も申し分ない。おしゃれな庭を望むベランダがまたいい感じ。暑いので外へ出るのはやめておいたが。
けだるい午後に身を任せ
窓の向きの関係だろうか、ギラギラまぶしい光と灼熱が支配する外の世界とは対照的に、部屋の中は薄暗くて涼しげ。レースのカーテンをしめるとその対比が一層際立って、けだるい静かな午後のムードがたまらなく心地よくなってきた。これはもう、やるっきゃねえ! ベッドの上に大の字になってカーテン越しに真っ青な空を見上げた。うほほ、ええ気分やでえ~。
…けだるさの海に身を任せること20分、ウトウトし始めたところがクライマックス。もう十分だ。最高の時間だった。お次は風呂だ。
強力ツートップ布陣の風呂
2種類の源泉を提供
大仙家の大浴場は1階の奥にある。男湯と女湯は固定されていて入れ替わりはない。脱衣所の各カゴごとにサンダルホルダーがあるのは良い工夫だ。サンダルを取り違えられるのはあまり気持ちのいいものじゃないからね。また入口には部屋の鍵をしまえるロッカーもあるから安心。当宿には2種類の源泉が引かれている。一つは約30℃のアルカリ性単純温泉である韮山湯。もう一つは自家源泉の大仙湯で約35℃のナトリウム硫酸塩泉(脱衣所の分析書より。大仙家のホームページの表記だとナトリウム炭酸水素塩泉)。どちらも無色透明で目立った特徴はない。
浴室は八角形の形をしていて約40℃の主浴槽と上記の韮山湯浴槽と大仙湯浴槽がある。主浴槽は広めでお湯がざばざば投入されているけどほとんど利用者がいない。たまに気分転換でつかる人がいるくらい。
冷たいけど温まる、一番人気の韮山湯
見たところ一番人気は韮山湯。しかし一番狭いため、ゆったり入れるのは2人まで。3人目は「ちょっとすいません」的に入っていくことになる。4人目がやや強引に割って入ってくると芋洗いの完成。5人目に挑むのはかなり勇気が要る。いったん入ると30分は動かないから、韮山湯を狙うには人の出入りをよく見計らう必要がある。
タイミングよく空きができたので韮山湯へ入ってみた。つ、冷たい。さすがは30℃。ぬるいを通り越して冷たい。夏だからさっぱりしていいけど他の季節は結構辛そう。
湯船の中では全員が目を閉じてひたすらじっとしている。そのまま30分から1時間を冷たい温泉の中で過ごすうちに体が慣れてくるから不思議だ。出た瞬間になぜかポカポカと暖かくなった。
抜群の心地よさと泡付きの大仙湯
お次は大仙湯。韮山湯よりひと回り大きく、同時に3人いる瞬間はあっても4人目が来ることはなかったから窮屈ではなかった。こちらは不感温度というやつでなんともいえない心地よさ。自分には大仙湯の方が好みだった。韮山湯から大仙湯へ移動した直後でないと気づきにくいが、韮山湯の方がさらっとしていて大仙湯はほんのわずかヌメッとしていた。ほとんど変わらないくらいの違いだけど。
加えて大仙湯は泡付きが良い。炭酸泉じゃないかと思うくらい、腕や足に泡がまとわりつく。湯口からはチョロチョロと源泉が投入されている一方、すぐ近くの湯船の中にお湯の吹き出し口があって、目には見えないもののボコボコと勢いある流れができている。その近くを陣取ると、泡付きがものすごいことになった。
露天風呂が脇役扱いに
浴室の外へ出ると露天風呂・サウナ室・サウナ用水風呂がある。サウナは利用しなかった。露天風呂は他のと比べると熱めで一瞬だけ硫黄臭を感じたがおそらく気のせい。湯の花だと思うが白いカス状のものがたくさん浮いていた。普通の宿なら目玉となるはずの露天風呂もここでは人気がなく、たまに1名がふらっと行く程度だった。広く作ってあるだけにもったいないけど、それだけ韮山湯と大仙湯の魅力が強いということだろう。
出会いが生んだ、ガッカリとニッコリ
お日柄がよろしくないようで
このように、ぬるめ好みの自分にとってはこの上ない温泉で、暑気を払ういいお湯だった。温泉そのものは満点だったのだけど、残念ながらこの日の客筋がちょっとアレな感じだった。客層は主にお年寄り。騒がず静かなのはいいんだけど、この年代の常識・作法なのか、浴槽を出入りするたびにタオルをお湯にくぐらせるアクションがいちいち鼻につく。そしてタオルを絞って含ませたお湯を湯船へ戻す。いやいや戻さんでええから。
しかもタオルを浴槽の縁によけて置くのはいいとして、わざわざタオルの裾がお湯に触るように少し垂らしておく客を一人ならず見かけた。なんの儀式やねん。
極めつけは夜に大浴場へ行ったら、もう分別がついてもよさそうな年頃の少年が大仙湯をプールにして泳いでいた…。まあ自分も子供時代に同じことをしてたんだと思うけどね…。親の代わりに湯守のおじさんが飛んできて注意したらさすがにおとなしくなったが。
シニアの鑑あらわる
少年が去った大仙湯へガッカリ気分で30分ほどつかった後、ガッカリ気分を引きずったまま上がろうとしたら、そこで気分を変える出会いがあった。隣に入って来たおじさん(70代後半)が声をかけてきたのである。おじさんはときどき車を1時間あまり走らせて入りに来るそうだ。朝食のみプランで夕食は近くのエースというスーパーで買い出しすることが多いとか、大仙湯の湯口投入量は昔はもっと多かったとか、いろいろ話を聞いた。
相当多彩な趣味とチャレンジ精神をお持ちの方で、アウトドア系もインドア系もすごいアクティブだし、さらにPCやネットを使いこなしている様子で、こちらはただただ「へー、そうなんですか、いやすごいっすね」と返すばかり。
しっかりした張りのある声で立て板に水のようにすらすら話すし、こんな若々しい後期高齢者は見たことがない。これも畑毛温泉の効能か?…湯船で話に聞き入ることなんと1時間超。全部で100分も大仙湯につかっていたことになる。ガッカリ気分でなくニッコリ気分で1日を終えられて幸いだった。
滋味深いメニューが並ぶ食事
夏にぴったりの撫子懐石
話が長くなった。先を急ごう。大仙家の食事は朝夕とも1階の食事処で。夕食は「夏の撫子懐石」。お年寄りをターゲットにしたお上品系のメニューだが刺身も肉もあるし量も十分だ。上の写真の鍋はもち豚のコラーゲン鍋。おっさんでも美肌になれるかな。途中には鱧とじゅんさいの椀物が出てきた。鱧もじゅんさいもふだん体験しない珍しい食感。その後出てきた黒米うどんは色と麺の感じがまるで蕎麦のようだった。
写真右側の固形燃料コンロは和風アヒージョのためのもの。オリーブオイルに浸した野菜や魚介類を温めて食べる。オイルだからかなり高温まで熱せられて、気をつけないと口の中がやけどしそうなくらい熱々。それがまたうまさを引き立てる。
締めのご飯はとろろ付きでズルっといける。全体に暑さを吹き飛ばすさっぱりした好メニューで、夏バテ気味でも抵抗なく完食できるのではなかろうか。
十分な種類と量の朝食
朝はハーフバイキング方式。焼きアジを中心とした基本となる和定食が席に用意されており、野菜・温泉玉子・ベーコン・ウインナー・お粥などと飲み物を自由に取りに行く。なお、座る席はあらかじめ決められていて最初に誘導してくれる。一人客は浮いてしまわないようにと気を遣ってくれたのか、窓際で外を向いて座る席だった。ありがたい。
ぬる湯好きは行くしかない
大仙家、いいじゃないですか。センス良くきれいな館内。温泉は満点(熱い湯が好きな人は注意だけど)。静かなお年寄り夫婦や温泉目当ての一人客が主な客層だから、ばか騒ぎする団体がいて幻滅させられる危険はなさそう。食事のメニュー・味・提供方法も自分好みの方だ。洋室ベッドも嫌ではない。湯治場としての歴史もありそうだし、連泊を考えてあれこれデザインされているようにみえる。
プチ湯治気分でしばらく滞在できたらいいだろうなあ。良泉・良宿ゆえすでに人気が確立しており、韮山湯と大仙湯は平日でも混雑気味なのが惜しいといえば惜しい。贅沢な悩みだとわかっちゃいるが。
(参考) 2020年・畑毛温泉 大仙家 再訪記
(参考) 2023年・畑毛温泉 大仙家 3回目